4.株式投資の罪悪感を捨てる
最初の一株を買うまでが勝負。
1.お金の重要性を正面切って認める。
学校では、カリキュラムでいろんな知識を教えてもらえます。
しかしお金の重要性については、なぜか教えてもらえません。
お金をめぐってこれほどまでに事件がおきている。
家族の争いが起きている、にもかかわらずです。
家庭教育にゆだねられています。
ただ家庭環境にはばらつきがあり、親がお金について悪感情をもっているとそれが子供にも伝染します。
親の情報は子供に伝達するからです。
親から巨額な財産を相続し、一生お金の面で心配のないわずかな人を除き、ほとんどすべての人にとって、社会に出た後の最も大きな課題は、お金です。
プロスポーツ選手や芸術家も、お金が無ければ家族を維持できません。
自分も活動を続けるためには、お金が必要です。
よってお金の重要性は、自分で学ぶ必要があります。大切なことは結局自分で自腹を切ったり時間を割いたりして学ぶしかありません。
セルフラーニングです。?
現代日本社会において、お金は生活に必要な手段です。あなたにとっても欠かせない大切なものです。
よく「命より大切」かとかいわれますが、比較の対象にしてはいけません。ごまかしです。自動車が移動の手段として重要なように、お金は道具として重要なのです。
有用性が幅広いだけなのです。オールラウンドな道具と考えてください。
それを使いこなすのは、自分自身です。
お金の重要性を正面から認めることが、株式投資でお金を増やすことの重要性に気がつく第一歩です。
2.お金儲けに対する罪悪感を捨てる。
「お金とか、お金儲けに罪悪感なんて無いよ。」という方は、正直ですばらしいです。この文章は読み飛ばして、次の項に進んでください。
?逆に、お金儲けに対して後ろめたいものを感じる方、罪悪感を感じる方は、それを払拭してください。お金儲けに対して罪悪感を感じているということは、自分の行動にブレーキをかけることになります。
しっかりと罪悪感を取り除かなければなりません。
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」という社会哲学の本があります。聞きかじりですが、その本によると、中世の西欧キリスト教社会もお金儲けに罪悪感があったとのことです。
シェイクスピアの「ベニスの商人」という作品でも、金貸しのシャイロックは弱者からお金を巻き上げる悪人の役どころです。
?ところが、ルターやカルヴァンといった宗教改革者が、新しい教義を立て、お金儲けに対する罪悪感を払拭しました。
お金儲けを善としたわけです。
宗教改革前までは、
「金持ちが天国に入るのはラクダが針の穴を通るのよりも難しい」
といっていたのにもかかわらず、です。
金儲けを善とする教義があって初めて、人々は「お金儲けを後ろめたく思わずに堂々とできるんだ」と考えたわけです。
そこで初めて資本主義が始まった、という主張です。
ということは、資本主義は、技術や産業革命云々ではなく、人々の感情問題、頭の中の考え方のであった、とさえいえます。
日本でも、江戸時代には、『お金は不浄物』、『武士は食わねど高楊枝』などと、正面からお金の重要性を認めませんでした。士農工商、お金を扱う商人は最も身分が低い階級になっています。
私の小さい頃、「お金は汚いもの」という常識が残っていました。
学校で、キン肉マンの消しゴムを売買したら、親が呼び出されて、こっぴどく先生に叱られました。
みんなお金を求めて働いているのに、必要悪という感じでした。
しかし考えてみれば、現代日本は資本主義社会です。日本国憲法も、財産権と職業選択の自由を認めています。経済活動の自由も認められています。
?お金儲けは罪悪ではなくなったのです。罪悪感を持つ必要はまったくありません。
お金を儲けなければ、納税義務も果たせないのです。
3.不労所得に対する罪悪感を捨てる。
「不労所得」という日本語は「勤労所得」の否定語です。
一般的に「一生懸命働くこと」は美徳とされています。
それを否定するつもりはありません。
否定するから一般の常識と対立することになり、苦しくなりなす。否定はしません。
「勤労所得もいいが、不労所得もいい」となればいいのです。
両方肯定です。けんかする必要はありません。
勤労所得だけでは、年収1000万円ですが、不労所得が1000万あれば、合計2000万円の収入になります。
また不労所得は文字通り「働かないで得られる収入」ですから、不労所得を得るために時間やエネルギーをかけることはありません。お金が自動的に働いてくれるからです。
不労所得を得ることに対して罪悪感を持つ必要はありません。
4.株式投資に対する罪悪感を捨てる。
1980年代終わりのバブルの時期まだえは、証券会社は「株屋」と言われていました。実体の無いものを取り扱う「虚業」の代表選手でした。
社会的には日陰の存在でした。
株をやっているというと、バクチに入れ込んでいる人と同じ目で見られました。
時代は変わりました。
株式投資は実体がないどころか、実体そのものであることが認知されてきました。株式投資の真の姿は、資本主義を動かすエンジンなわけです。
誰かが投資を開始しなければ、特定のビジネスは始まらないわけですから。
株式投資は、自分のお金でリスクをとる行為です。リスクをとった結果のリターンを得るわけですから、罪悪感を持つ必要はありません。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という故事そのものです。
別の側面から見ます。
株式投資は自分のお金を増加する手段の一種です。『お金を増加させる活動』を『資産運用』といいます。株式投資は資産運用の一種です。
銀行預金も資産運用です。銀行に預けて金利をもらうわけですから。利息の分、自分のお金が増えるわけです。
日本人の大人のほとんど全員が銀行口座を持っています。ということは全員が資産運用を行っているということです。株式投資も資産運用の一種ですから、いたって普通の行動です。
日本人全員が行っていることです。罪悪感を持つ必要はさらさらありません。
5.株式投資は社会的に推奨される行為です。
株式を買うお金、すなわち株式投資に投入されるお金をリスクマネーと呼びます。株式を買った会社が倒産すると投資したお金は戻ってきません。そこが決定的に銀行預金と違う点です。
銀行預金は、たとえ銀行が倒産したとしても1000万円までは日本政府が保証しているからです。株式投資家は、株式投資にそういうリスクがあることを知った上で投資しています。
伸びる会社に投資すれば、株価が上がります。
ではどのような会社が伸びるのでしょうか?
端的にいえば、社会の維持・発展に寄与している企業が伸びます。お客さんをつかんでいるから、売り上げも上がり、利益も出ます。
?あなたが伸びる会社を選択し、そこの株式を買えば、社会に存在意義のある企業に投資していることになります。そして社会はますます発展します。
これは社会的に推薦される行為です。
断じて後ろめたい行為ではありません。
6.株式投資はある意味、ボランティアに近い。
株式投資にかける資金はある意味、帰ってこなくてもしょうがないお金です。生活費で投資してはいけません。当面使う必要の無い、余裕資金で行います。
(後の章で詳しく解説します。)
自分が気に入った企業にお金を出す。理由は何でもいいです。
「これから株価が上がりそう。」
「最近大きく株価が下がったから、今度は上がるかな?」
「10年後は大企業になっていそう。」
「この会社の商品が好きだ。」
何でもいい。
ボランティアには、金銭的な報酬がありませんが、株式投資も、投資した会社の株価が上がらなければ、ボランティアです。会社が倒産したら、投資したお金は返ってきません。
当初はそんなつもりは無かったものの、結果的に失敗した会社に投資したのだから、何にも帰ってこない=無償の行為です。
横綱になるか分からないのに、関取に食事をご馳走するタニマチ、レースで勝つか分からないのにその馬の馬主になる心理に近いです。
それがいけないことでしょうか?
7.まずはじめてみる。
ここまで読まれて、いかがですか?
株式投資に対する罪悪感は少なくなりましたか?
抵抗感は少なくなりましたか?
これらは全て私が通ってきた道です。
株式投資をはじめるまでに一番大きなハードルは、資金が無いということではなく、自分の心のハードルだったということがよく分かります。
私もそれらの抵抗がいっぺんにきれいさっぱりなくなるとは思えません。
株式投資で失敗し、株式市場から退場した人は、
「株は危ない、株で儲けるのは汗水たらして働くのではないからだめだ」
という噂を流し続けるでしょう…。
証券会社に証券口座を持っているのは、全国民の5%とも言われます。継続的に株式を保有している人はもっと少ないかもしれません。
株式投資に興味を持った方は、ぜひ証券口座を開設して、日本人の中でもレアな体験を初めてみましょう。
やっぱ合わない、と思えばいつでもやめられるのです。
一株も買う必要は無いのです。
抵抗感は、株式投資の経験を積むにしたがって薄れていくでしょう。そして10年後には、株式投資無しの生活は考えられなくなることでしょう。